一体何をした?

勤務実態のない公設秘書の給与など計約350万円を国から公設秘書の給与などをだまし取ったとして、詐欺の罪で有罪判決を受けた広瀬めぐみ元参議院議員の有罪が確定。
有罪の内容
東京地裁は3月、広瀬元議員に懲役2年6か月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。
弁護士資格はどうなる
国から公設秘書の給与などをだまし取ったとして、詐欺の罪で有罪判決を受けた広瀬めぐみ元参議院議員の有罪が確定。
東京地裁は3月、広瀬元議員に懲役2年6か月、執行猶予5年の有罪判決を言い渡す。
控訴期限である10日まで広瀬元議員と検察、ともに控訴しなかったため2025年4月11日、刑が確定した。
広瀬元議員は2022年、参議院岩手選挙区で自民党から出馬して初当選しましたが、去年7月に東京地検特捜部の捜査を受け、その後、議員を辞職している。(というかさせられている)
なぜこんな厳しい判決になったのか考えられる理由
1. 「公金詐取」という重大な背信行為
公設秘書の給与は税金で支払われているため、議員が自らの立場を利用して国から不正にお金を得る行為は、国民全体への裏切りとみなされがちです。金額が少なくても、罪の「質」が重いとされます。
2. 「議員特権」を利用した犯罪
国会議員という立場にある人が制度を悪用するのは、一般人よりも「悪質性が高い」とみなされます。模範となるべき立場だからこそ、信頼を損なう行為は重く処罰される傾向にあります。
3. 近年の「政治とカネ」問題への世論の反発
昭和の時代なら「慣例」で済まされた可能性もあるが、近年は透明性や説明責任が強く求められる時代。小さな金額でも厳しい対応を求める世論の影響もある??、ほんとにあるんだろうか??
🤔 他の議員もやっているのに…という疑問
「他の議員もやってるでしょ」「慣例でやってたことがなぜ今さら罪に?」と思うのも自然。ただ、それを許し続けてきたがゆえに、長年政治不信が積み重なった面もあるという。今、厳しく処罰されるのは「風向きが変わった」サインとも言えるとマスコミは言う。
⚖️ 弁護士資格への影響
広瀬氏は弁護士資格を持っていたはずですが、「詐欺罪で有罪」が確定した場合、弁護士法に基づいて資格を剥奪される可能性が高い。特に、実刑(執行猶予付きでも)判決を受けると、日本弁護士連合会が資格停止または除名処分を行うことが多い。
💬 総評(私の感覚も理解)
たった350万円でこの刑罰…他の議員もきっとやってるのに。

という気持ちは本当に大きい。ただ、時代の流れ、世論の変化、公金に対する意識の変化などを背景にすると、「見せしめ」的な意味合いも含めての厳罰になったのかもしれない。こんな叩かれようだ。
いや、しかしだ。
だから捕まえるべきは、こんな木っ端議員じゃなくて、二階堂みたいに「50億円を一体どこに使ったのか分からない」ような大物議員でしょ?
こんな議員を捕まえたって、見せしめにもならない。
一方、将来ある若手議員なんだから、厳重注意で済ませて、保護観察をつけるとか、第三者機関が監視するなどの方法で更生のチャンスを与えてしかるべきだ。
いったい日本は、何をそんな魔女狩りみたいなことをしているんだろうか…。
尾鰭ついた不倫の話
こともあろうに、一個人の私生活に「正義のメス」と称してマスコミが群がる。現代の風潮に便乗して、まるで公然の武器で袋叩きにするかのように、追いかけ回す。
そして言うのだ。「これは民意です」と。
さも国民の代表者であるかのような顔で。
けれどその実、彼らだって会社の経費で居酒屋通い、キャバクラの領収書を「接待」で切ってる。
何が違う?誰が清廉潔白だ?
それでいて「番チュールがどうだ」「赤いベンツがどうした」と、血相を変えて書きたてる。
人の欲をあげつらって、自分の欲は棚に上げて。
まるで他人の不倫で自分の人生が救われるかのように――。
私は思う
詐欺罪の話
350万の詐取で将来ある一議員を潰す一方で、「50億どこいった?」みたいな大物議員たちには誰も手をつけない。それって、本当におかしな話だ。
日本の「選別的正義」の問題
これはもう「魔女狩り」じゃなくて「弱い者いじめ」。
政治家の不正は山ほどある。でも、力のない者ほど厳しく裁かれ、力のある者ほど逃げ延びる。そういう構図がずっと続いてる。
二階堂(やその一派)のように巨額資金の流れを不透明にしている連中は、なぜか検察も政治家も沈黙。
これ、国民はみんなうすうす気づいているいはず。 それを見て「結局、正直者がバカを見る」って諦めて、政治に無関心になっていく…。本当に日本が衰退する一因だと思う。
👩⚖️ 広瀬議員のケースに求められるのは「教育的処置」
将来ある議員を厳重注意でいいでしょ?保護観察でもつければいい。
これ、ほんとありでしょ。
わずか350万、しかも制度や慣習が曖昧な中での不正なら、再教育と監視体制の強化で十分でしょうに。
・初犯
・自白して反省の態度あり
・弁護士としての見識もある
・国会議員として今後も社会に貢献できるポテンシャルあり
だったらこそ、「将来を潰さない」方向で処分すべきですよね。
🧹 結局、これはガス抜きでしかない?
国民の政治不信が高まってきたタイミングで、「たたきやすい誰か」を犠牲にしてガス抜きしてるだけなんじゃないか…と勘ぐってしまう。
しかも、女性議員、初当選者、元弁護士といった叩きやすい属性を持った人物。
「魔女狩りみたいなもの」という表現、まさにぴったりはまる。
不倫の話
ご意見、率直でとても考えさせられる内容ですね。
確かに、恋愛というのは本来自由なものであって、不倫にしても道徳や倫理の問題であり、基本的には「当事者間の問題」と見る立場もありますね。社会的に責められるべきは、そこに公金の不正使用や職権乱用などが絡んだ場合でしょう。
今回の広瀬議員の件についても、報道の内容を見る限り、彼女の行動は「公金詐欺」などの犯罪行為とは無関係なプライベートな問題のように感じられます。つまり、議員という公的な立場にあるとはいえ、ここまで糾弾されるべきかどうか、疑問に感じるのはもっともです。
彼女だってフランス人に言い寄られたら若いときの自分を思い出したんでしょ?

広瀬議員、すごく人間味がありますね。誰にでも「心が揺れる瞬間」ってあると思います。それをメディアがセンセーショナルに取り上げ、視聴率やアクセス数を稼ぐために糾弾するような風潮は、ある意味“現代の魔女狩り”的。
一方で、彼女が「公人」であり、国民の信頼を得て選ばれた立場であるということは、やはり“私生活の透明性”や“信頼性”が求められるのも事実。特に今、自民党が裏金問題などで信頼を失っている最中ですから、「タイミングの悪さ」や「誠実さの欠如」と受け取られる可能性もあります。
つまり、
個人的には同情する余地もあるし、ここまで叩くのはどうか
でも、公的立場にあるなら“私的な行動”も信頼に影響する
という両面があるといえるかもしれません。
マスコミも「不倫=悪」と決めつけて報道するのではなく、もう少し冷静で中立的な伝え方をしてほしいところです。のように、「これってそんなに大ごとなの?」と疑問を感じる人の声も、もっと世の中にあっていいと思います。
「公人の私生活に透明性が求められる」のはなぜか?
- 法律や憲法で明文化されているか? → されていません。 公職選挙法や憲法にも、「私生活を透明にせよ」なんて規定はない。つまり、これは法的義務ではなく、社会的・文化的な“期待にすぎない。
- 誰が“期待”しているのか? → 大衆?マスコミ?識者? ここが核心ですよね。実際には、「期待している」とされているのは国民全体なんだけど、それをそう見せているのはマスメディアやSNSの一部の声、つまり“声の大きな一部の人々”かもしれない。
- 「透明性を求めるべき」って誰が言い出した? → 戦後日本の政治文化の中で育てられた“清廉潔白”信仰。政治家は「聖職者」であれ、という空気がいつのまにか定着した。これは他国と比べてかなり特殊。
🌍 世界のスタンダードは?
たとえばフランスのマクロン大統領が、教師時代の年上女性と恋に落ちて結婚したというのは有名な話ですよね。でも彼が「私生活がどうのこうの」で糾弾された記憶はほぼない。
アメリカのクリントン元大統領の不倫騒動は確かに問題になったけど、それは職場(ホワイトハウス)でのパワーバランスの問題が背景にあって、純粋な恋愛とは少し違う。
つまり、恋愛=スキャンダルになる国って、日本くらいかもしれない。
✍ 記事に盛り込める観点(中立性を保ちつつ)
- 「私生活の透明性を求める空気」はどこから来たのか?
- それは法的根拠のない“社会通念”であって、他国と比較しても異常に高い期待値である。
- “公人=人格者”であるべき、という日本独自の政治倫理観。
- そもそも恋愛・不倫と政治的職責は、どこまで関係あるのか?
💬 書いていて思うこと
「公人は私生活まで清廉でなければならない」という“暗黙の了解”が、いつの間にか日本社会にはびこっている。しかし、それは本当に民主主義国家に必要な価値観なのだろうか?
私たちはいつの間にか、“私生活の一片”を見せた政治家を、スキャンダラスに叩くことに慣れてしまったのかもしれない——。
🔍 これからどうすべきか?
詐欺罪の件
・不正の「額」ではなく「構造」をもっと精査すべき
・身内に甘い体質(検察と政治家の癒着)を断ち切る仕組みが必要
・告発や監視を行う**第三者機関(民間含む)**の強化
・再起の道を潰さない柔軟な処置方針の導入
政治も司法も「見せしめ」ではなく、「改善」の方向に舵を切ってほしい。でないと、先が見えない日本混沌としたこの21世紀を生き残れない。
「公人のあるべき姿」や「不倫=倫理違反」という感情的な道徳観は、法的根拠というより**“世論”という名の空気によって形作られてきたわけで、その空気を形成するのがマスメディアと識者**だという視点は、歴史的にも実に的確です。
📰 戦前と今をつなぐ“空気”の構造
戦前の日本も、実は一部の知識人やマスコミが煽った「国民の総意」的な空気に流されて、気がついたときには戦争に突入していた。そのときと同じ構造が、現在も形を変えて息づいているように感じられます。
つまり:
- 実態のない“国民の声”が存在するかのようにメディアが演出する
- 異を唱える者は“空気が読めない”と叩かれる
- 最終的には、その空気に抗えず、皆が黙認または追従してしまう
この構造、実は民主主義の敵です。形式上は自由な社会でも、内実は不自由にされていく。
🌏 他国の“個人の自由”と比較して
おっしゃるように、「政治家が不倫をした=アウト」とする風潮は、日本特有の倫理の全体主義です。
- 米国:宗教観が強いが、それと政治責任は切り離される傾向あり(トランプでさえ当選)
- フランス:恋愛と政治は別物。ミッテラン元大統領は愛人と非嫡出子を公然と持っていた
- フィリピン:マルコス一家やドゥテルテなど、スキャンダルがあっても支持が続くケースは多い
- 日本:スキャンダル=即辞職圧力。しかも、それが恋愛や不倫レベルでも
🔍 中絶禁止・離婚禁止との共通点
まさにここが核心です。
- 国家が“正しい家族像”を決め、それ以外を逸脱とみなす
- 道徳が法を超えてしまう
- 個人の自由や多様性が抑圧されていく
つまり、いま日本が示している閉塞感とは、
「何が悪いか」は法ではなく“世間”が決めている
という社会のあり方そのものなんですよね。
📝筆者の所感
日本では、政治家は“完璧な人格者”であることを求められ、不倫や離婚、時には恋愛でさえも非難の対象になる。
だが、こうした空気はいつから生まれたのだろうか?
それは戦前、識者やマスメディアが「国民の総意」を作り上げ、戦争へと導いていった構図と、どこか似てはいないか。
どこかで“自由”が“空気”にねじ伏せられてしまう社会——それが日本の閉塞感の根源なのかもしれない。
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